静かな夜に
24話
たきぎのはぜる音でアスランははっと目を開けた。
眠らないつもりでいたのに、ついうとうとと意識を途切れさせていたらしい。目線を上げると、焚き火の向こうに膝を抱えて眠る少女の姿があった。
(そうか、あのあと彼女の眠りにつられて眠ってしまっていたのか……)
銃弾のつけた傷の手当を終えると、アスランは仮眠をとってはどうかと少女に提案した。
遭難が長引く可能性も否定はできなかったので、体力は残しておいた方がいいと考えていたのだ。心配のないように、火の番もかねて自分は起きておくからと言うと、それが逆効果だったようで「何があるかわからないから私も起きている」と言い張られてしまった。
アスランの傷の手当てをしたいと言い出したときもそうだったが、彼女は多少頑固なところがあるらしい。そうして、しばらくは二人で夜明けを待っていたが、アスランの向かいで焚き火を眺めているうちに少女は眠気に耐えきれなくなったようで、気づくと抱えたひざに顔をうずめてしまっていた。
「寝た……のか?」
そっとたずねたが返事はなく、ほどなくすると微かな寝息が聞こえてくる。
少女が寝入ったことに少し安堵して、アスランは岩壁に背中をもたれかけた。彼女が起きている間は、やはり意識せずにはいられず、アスランは緊張を解けないでいたのだ。
(こんなに長い時間、誰かと一対一でいることは今までなかったかもしれない)
それも異性なのだ。
まだ、遭難中であることには変わりなく安心できる状況ではなかったが、アスランはわずかにくつろいだ気持ちでため息をついた。少女は規則正しい寝息をたてている。
せめて彼女が目を覚ますまで起きておくつもりだったが、蓄積した疲労は濃く睡眠も十分ではない。落ちてくるまぶたを何度もまばたいて持ち上げていたのに、わずかに眠ってしまったようだった。
気がついてすぐに時間を確かめたが、五分も経っていなかった。
(夜明けまではまだ少しあるな)
アスランは炎の向こうの少女を見つめた。
明るい金色の髪が揺れる火に照らされて輝いている。
(結局、何者なんだ。地球軍の兵士ではないと言っていたが)
たしかに身のこなしも、銃器の扱いもほとんど素人だ。訓練を受けた兵士だとはとても思えなかった。しかし、ならば彼女は一体何者なのか。
アスランは考えを巡らせていたが、少女の行動に最適な説明をつけられる肩書はなかなか思いつかなかった。
(いや……考えるのはよそう。知ったところでなにも変わることはない。どちらかに捜索の手が届き迎えが来れば、もう二度と会うことはないんだ)
あと数時間で夜明けだ。
アスランの名目上の部下であるザラ隊も、この少女を探しているであろう地球軍も、どちらも捜索が開始されるのは空が白んでからだ。
(あと数時間……)
何度目になるのか、また時計を確認していた。
じりじりと進んでいく数字に、アスランは時が経つのを惜しいと感じていることに気づいた。もう少し、彼女と話がしてみたいと思っている……
行き着くところが平行線の口論だったとしても、今は構わない気がした。誰かと感情を隠さずに会話をすることなどほとんどない自分が、初対面のしかも敵対関係の相手に本音を話してしまっていたのはどうしてか。この少女には相手の警戒心をするりと解いてしまう、不思議な力がある。
彼女の素性については追及ぜずにいようと考えていたのに、やはり知りたいと思う気持ちを無視できなかった。
「そうか、名前……」
アスランは小声でつぶやいた。
まだ自分も名乗っておらず、彼女の名前もまた知らないことにふいに思い至った。お互いに名前を知る必要はないと思っていたのだ。この先に再び出会うことは、おそらく万に一つもない。これは暁が来るまでの、つかの間の出会いなのだ。
アスランは乾いた小枝をひとつ拾い上げると、火に投げ入れた。
やや大きな音で焚き火がはぜたが、向かいの少女は膝を抱いて眠り続けていた。自分が戦場に身を置いていることを忘れてしまうくらいに、静かな夜だった。
やがてくる朝、その先の未来を思ううちに、アスランは再び浅いまどろみに落ちていった。