ポケットの中の星を

断章

 

    あのとき、『カガリに会えてよかった』と彼は言ってくれたが、カガリにとってはアスランに会えてよかったと言えるのだと、彼を乗せたヘリを見送りながら思った。
 アスランだけが、カガリをただのカガリとして必要としてくれた。
 名前も知らないまま出会った二人には、今だって名前も肩書も必要としていない。だからこそ、この二年間には、お互いにお互いが必要だったのだ。けれども、彼をよるべとして縋るだけの人として必要とするのは執着と依存でしかないのだろう。
「……私も、そろそろ時間だな」
 閣議が始まる。支度をして行政府に向かわなければ。手元の時計を見て時間の算段をする。分ごと、時には秒で区切られているカガリの日々の中では、腕に通した時計を見る機会がとても多い。つい二年前までは、時計なんか付けたこともなかったのに。
 見慣れた自分の左手に、見慣れない輝きがある。陽を受けて赤い光を乱反射する宝石をしばらく眺めてみた。『面白くはないから』と、アスランは言った。その通りの意志がこの指輪の意味なのだろうか、と考えた。
 それは、反抗だ。個人では覆しようのない事象に、しかし黙って従うばかりではいないという、反抗の心だ。けれども、その心を、アスランもカガリも胸に秘めておかなくてはならない。二人とも、二年の年月のうちに素直に反抗のできる子供ではなくなっていた。
 指輪は外しておくべきだろうな、と薬指に触ろうとした、その一瞬、胸が騒いでカガリは息を止めた。指輪を外す? なんのために? これは彼の心そのものなのに。
 私の心はどこにいってしまったのだろう。意見を飲み込み、唯々諾々と従っている自分。ずるずると引きずり込まれるように婚約の二文字に足を縛られた自分。私とは、そういうものだっただろうか。
 赤い宝石の光る指輪をぐっと骨に押し付けた。
 これは、反抗だ。
 ユウナはこういうことには特別目が早いから、きっと、すぐに気づくだろう。気づいて、眉をひそめればいい。素知らぬ顔でいてやる。
 心まではけっして踏みにじれないのだと、思い知ればいい。






アスカガオンリーにて発行
  2020/03/08