これは恋ではなくて
02
連絡が来ないのならそれでよしとして、アスランのことはそのままにしておいたほうがいいと、二人は口をそろえて言った。
(言われなくてもそうするって、もう)
話さないほうがよかったかもしれないと、カガリは少し後悔していた。世話焼きの二人はカガリに男友達ができるたびに、あれこれと干渉したがるのだが。きっとフレイもラクスもカガリに恋愛経験が全くないために気が気じゃないのだろう。
(心配いらないってのに……)
いいやつだと、思う友達はたくさんいる。ただそれが異性だというだけで過敏になる必要はないと、カガリは思うのだ。女友達とたいした違いはないのだから。
(好きだとか、そんなの)
よくわからない。いいやつだと、好感を持つ気持ちと何が違うのか。
だから子供だっていうのよ、とフレイなどは言う。二十四にもなってこれだから危なっかしくて放っておけないのだと。放っておいてくれていいのにと、机について資料をまとめながら、カガリは無意識に唇を尖らせていた。気にかけてくれるのは嬉しいが、アスランとだって心配するようなことなど起こるはずがない。
(そうだよ、あれから……なんにもないし)
資料をページ順に揃えていた手が止まる。
一緒に残業した日から一週間が過ぎようとしていたが、アスランとの間に特別なことは何もなかった。課内で同じ立場にいる人間がアスランとカガリだけなので、一緒に作業をすることは多かったが、とりたててどうということはない。
つまり以前と変わらないのだ。アスランは変わらず穏やかで優しく、しかし、それは誰にでも同じことで。
(なんだったんだろう……あの日は)
「アスハさん、ちょっとお願いしてもいいかな?」
手が止まっていたところに一段落したと思ったのだろう、隣席の先輩がカガリを呼んだ。
「手、空いてる?」
「あ、はい」
返事をしながらアスランの席を見ると空白だったので、たぶん彼のことだろうと考えると、案の定だった。
「さっき、ザラさんに昨年の他社リサーチデータをまとめるように頼んだんだけど、あれ、かなり量が多いのよ。アスハさん手伝いに行ってもらえないかな?」
資料室にいるはずだからと言われて、カガリはまた「はい」と答えた。
小さな図書室を思わせるその小部屋はたいてい無人だ。カガリは一人作業をしているアスランを想像していたが、しかし行ってみると彼は一人ではなかった。
「じゃあ、土曜日はだめなんですか?」
扉を開けるなり女性の声がした。扉に背を向けてパソコンに向かうアスランに、知らない女子社員が話し掛けていたのだ。
「土曜日か……空いてないこともないですが」
「じゃあ、その日食事行きません?」
女子社員がアスランの顔を覗き込む。
(こいつら何の話を……)
手伝いにきてやったというのに、仕事をしながら雑談をしているのか。カガリは胸がむかついて、わざと大きな声で言った。
「ザラさん、仕事は片付いたんですか?」
びくりと女の方が振り向き、続いてアスランの瞳もカガリを見た。
「そうですね、だいたいは……」
ドアを開ける音で気付いていたのか、アスランに驚いた様子はなかった。
「だったらさっさと帰って来て下さい。そしたら手伝いに来るなんて無駄をしなくてすんだのに」
敵意を込めてアスランをにらんだ。どうしてか、ものすごく腹が立つ。
「さぼるのはいいけど周りに迷惑かけないでくださいよ」
できるだけ嫌味な捨て台詞を残して資料室を出ようとしたら、後ろから手首を強く握られた。
「すみません。だいたい形になっただけで完成はしてないんですけど。手伝ってもらえませんか」
狭い資料室。中途半端に開いていたドアを背にして退路を断つと、アスランはカガリに近づいた。
「な……」
私語をしているようなやつを手伝ってやるものかと、言ってやろうとしたのに。手首を握る力と、まっすぐに刺さる翡翠色の瞳に射抜かれたように動けない。
「すみません、仕事があるので話はまたにしてもらえますか」
アスランは後ろを振り向いた。
「え、はい、あの……」
どこの課の所属かはわからないが、女の子は状況を飲み込めていないようだった。当然だろう。
「せっかく誘ってくださったのに悪いのですが、土曜日は予定が入ってたのを思い出したので……彼女と約束があるんです」
彼女というのが自分を指して言っているのだろうとは思ったが、約束をした覚えはない。
「じゃあ……また誘いに来ます」
うつむいて彼女は二人の横をすり抜け部屋を出て行ったが、カガリの顔だけはしっかりと見つめていった。
「ザラさん、離してください」
カガリは低く訴えた。
「いやだと言ったら?」
アスランはカガリを見下ろし、口の端を持ち上げて微笑んだ。
「蹴りますよ」
「へえ、それは見物だなぁ」
本気で蹴ってやろうかと思ったが、たぶん敵わないのだろう。どうしたらこの人を負かすことができるのか。
カガリはできるだけ冷たい口調を作った。
「さっきの約束って何ですか? 私はそんなの記憶にありませんが」
「いや、俺はアスハさんとの約束だとは言っていませんけど……」
困ったようにアスランが言いよどんだので、カガリははっとして赤面した。勘違いだったのかと顔をおおいたくなったが、アスランがこらえきれずに笑いをもらしたので、カガリはさらに赤くなった。
「なに変な嘘ついてるんですかっ」
「すみません、つい……」
つい、なんだというのだろう。アスランはまだくすくすと笑っている。カガリはむっと唇を結ぶと、ずんずんとアスランを引っ張ってパソコンの前に座った。
「笑ってないでさっさと仕事片付けて戻りますよ」
資料室備え付けのパソコン二台のうち、片方の電源を入れる。アスランも静かに椅子についた。
動作のひとつひとつが落ち着いているんだよなと思いながら、カガリは知らず目で追っていた。カガリが静かになった、その沈黙のタイミングをはかって彼は口を開いた。
「さっき言っていた約束、してもらえますか?」
ゆっくりと彼はたずねた。
「あれはもちろんアスハさんのことですよ。アスハさんとの約束をとりつけるために土曜日は空けておこうと思って……」
アスランがこちらを見つめているのがわかるので、カガリは立ち上がりのパソコンから目が離せなくなった。
「この前言っていたお詫び、させてもらえませんか?」
ラクスにも、フレイにも、言えなかった。
カガリはアスランの申し出にかなり迷った末に首を縦に振ったのだが、そのことをなんとなくいつもの相談役の二人に報告できなかったのだ。カガリが強い信頼を寄せている、ラクスとフレイは入社以来の友人で一番仲の良い二人だ。
(なにか聞かれたら……話すのでいいよな)
別段後ろめたいことをするわけでもないのに。誰にも何も言わないままに、約束の当日がきたのだった。
夕飯をということだったので、六時に駅で待ち合わせをした。カガリが時間の五分前に到着すると、目印にしていたカフェの前にアスランはもう来ていた。
「もしかしてまだ怒ってるんですか」
挨拶のあと、最初にそんなことを聞かれた。
「べつに怒ってなんかないですけど」
カガリはちらりと隣を見上げた。待ち合わせ場所の前に立っている彼を見つけたときは、一瞬違う人を見つけたのかと思った。カジュアルなジャケットにデニムを合わせているアスランは、いつもきっちりとネクタイを締めている仕事の姿とずいぶんと変わって見える。
「まあ、いつもの表情だな、それが」
アスランは諦めたようにつぶやいた。
「なにか文句でもあるんですか」
カガリがむくれると、アスランは苦笑いした。
「いや。ただ、楽しそうにしているアスハさんを少し期待してみただけです。考えてみたら、俺に向けて笑った顔なんて見たことがないので」
「悪かったですね。仏頂面で」
アスランが苦笑いする理由はカガリにもわかっていた。食事前の会話は普通もっとにこやかであるべきなのに、まるで喧嘩腰なのだ。鏡があったなら、きっと強張った自分の顔が見られるだろう。
(やっぱり、やめときゃよかったかな……どうして行くって言ったんだろう、私)
今日は休日だったというのに、約束のことばかりが頭を占めていて落ち着かなかった。どうしてもアスランの隣が居心地が悪い。
(どうして、断らなかったんだろう)
アスランが選んだ店は、こじんまりと落ち着いた居酒屋だった。ホテルのフレンチレストランにでも連れていかれるのではないかと思っていたので、少し意外だった。
「肩が凝るような店は好きじゃないだろうなと思ったんですよ」
カガリの疑問を察知したかのタイミングで言う。やっぱり見抜かれている気がする。
ちょっと前まで、会話すらそんなにしたことがなかったのに、なにがどうなって食事をする運びになったのか。考えてみるとおかしかった。
「ザラさんはよくこうして誰かと食べに行ったりするんですか?」
「え?」
カガリは率直な疑問を投げかけた。
「どうしてお詫びが食事なんだろうと思って。だって変ですよ、ろくに話したこともなかったのに」
カガリが真面目にたずねたのに何がおかしかったのか、アスランは笑いだした。
「やっぱり、子供みたいですよね。すれてないというか」
「余計なお世話です」
子供みたいだというのは、カガリには聞き飽きた形容だった。
「話したことがなかったから食事にしたんですよ」
深い色の瞳がカガリを捕らえた。
「こうしたら、いろいろ話ができるだろうな、と思って」
週末に友人とテニスをしたり、ジムに通ったりと、体を動かすのが好きなこと。のんびりと一人で海に行くのが好きなこと。映画はラブロマンスよりもアクション物が好きなこと。食べ物や、音楽の好みなど、ゆっくりと食事を楽しみながらカガリが話したことは多かった。それらのほとんどすべてが、アスランが質問をし、カガリがそれに答えるばかりだったのだが。
「すみません、店の選択を間違えましたね。アルコールが主役じゃないところにすべきでした」
店を出ようと席を立って初めて気付いたのだが、数杯のカクテルだけでカガリは足元が若干あやしくなっていた。
「いつもそんなに飲まないんだけど、美味しかったから……」
あんまり酔っていては危ないからと、店を出てからアスランは少し遠回りをして帰ることを勧めた。気温が思っていたより下がっていたので、薄着のカガリには夜風が心地よかった。
「ザラさんはお酒強いんですか?」
ふわふわと歩きながら、カガリは髪をさらう風に軽く目を閉じた。緊張はいつから解けていたのか、今はもう気分がよかった。
「今日、二度目の質問ですね」
「は……?」
カガリに付き合って、アスランもゆっくりゆっくりとアスファルトの地面を踏む。
「俺が聞くばっかりで、アスハさんから何かをたずねられたりはあまりなかったから。貴重ですよ」
「そう……だっけ」
カガリは小鳥のように首を傾げた。アスランは黙って笑った。
「アルコールはたぶん強い方なんだと思います。酔った経験がないので」
「へえ……」
「酔えたら上手いジョークのひとつでも言えるのかもしれませんけれどね」
「ジョーク? ひょうきんなザラさんって想像つかないな」
だんだんと無意識に言葉が緩んでいた。それを悟ったのか、アスランが提案してきた。
「言おう、言おうと思っていたんですが。名前、アスランでいいですよ」
「アス……ラン?」
「そう、プライベートの時は」
「アスラン、か……」
「そのかわりじゃないですが、俺もカガリって呼ばせてもらってもいいですか」
「え」
彼に名前を言われるとは思っていなかったので、カガリは二、三度まばたいた。
「ふふ、いいぞ。その方が楽だし」
同期の間では仲の良い者同士は名前やあだ名で呼び合っている。めずらしいことではないのに、堅苦しく了承をたずねるアスランがなんだかおかしくて、酔いも手伝ったのかカガリは笑っていた。
「何か面白かったですか?」
アスランは驚いてまじまじとカガリを見た。
「え? いや、だっておまえがなんだか真面目に聞くから」
カガリが目を丸くすると、彼はなぜか肩を落とした。
「皮肉だな、真面目にしてた方が笑ってもらえるなんて」
アスランは笑ってため息をついた。
「何かいい笑い話はないものかって、いろいろ考えたんですけどね」
「おまえが?」
冗談で人を笑わせるタイプではなさそうなアスランがあれこれ考えたというそのことの方が笑い話だった。一度吹き出してしまったら笑いが止まらなくなって、カガリは歩みを止めてころころと笑った。
「変なやつだなぁ……おまえ」
「おまえじゃなくて、アスランですよ」
笑うカガリに対して、アスランは笑顔ではなかった。
「アスランかぁ、変な感じだけど」
カガリは金色の瞳をやわらかく細めた。花がほころぶようなカガリの笑顔が、人の目にどう映るのかを彼女自身は知らない。
街灯に照らされたアスランの瞳がじっとそれを見下ろしていた。カガリが酔ってさえいなければ彼の様子が変わったことに気付けたのだろうけど。
「……そんなふうに笑うんですね」
「え……」
カガリは目を見開いた。
小さなつぶやきと共に頬に手のひらがそえられたからだ。そろりと指が肌をなぞり、ごく自然にカガリのあごを持ち上げた。
「すみません……」
逃げられなかった。翡翠の瞳は磁力を持っているのかもしれない。無声映画みたいな静かな動作で、唇と唇は重なっていた。
土曜日の夜のオフィス街には車も通らなかった。
二人が遠回りのために選んだのは背の高いオフィスビルが立ち並ぶ通りで、真っ黒なガラス張りのかたまりが、息もせずに眠っているような、静かな静かな通りだった。だからだろうか、唇に軽く押し当てられたやわらかな感触がやけに尾をひいたのは。近づいたときと同じ緩やかさで、カガリから体を離したアスランの衣擦れの音すらも聞こえそうだった。
「寒くないですか? だいぶ薄着ですよね、アスハさん」
じっとカガリの服装を眺めて彼は言ったが、その問いかけはカガリの耳をかすりもせずに通り抜けた。
「ずいぶんと冷えてしまっているみたいですが、大丈夫ですか?」
もう一度たずねられても、カガリは呆然とまばたきをするだけだった。反応を返さないカガリに、それ以上話し掛けるのは諦めてアスランはカガリの手をうながす程度に引いた。
「帰りましょう、風邪をひいてしまう」
そっと触れたアスランの手は少し温かかった。酔っていたから気付かなかったのか、体はアスランの言う通りに冷えてしまっていた。
(ああ、そうか体温を確かめるために唇をつけたのか……)
ぼんやりそんなことを考えたところでカガリはやっと我に返った。
そんなことがあってたまるか、と。
「ちょ、ちょっと待てよ」
アスランの手のうちから、思いきり指を引き抜いた。
「なんなんだよ、今のは」
振り返ったアスランにわめきちらすと、頬が熱くなってきた。もう、考えなくたってわかる。
あれはキスだ。
「今のって、どれのことですか?」
アスランはそらとぼけてそんなことを言う。
「ど、どれって……」
カガリが頬を真っ赤にして口ごもると、アスランは愉快そうにカガリに近づいた。
「わからないなら当ててみようか?」
顔が近づけられたと思ったら、耳元で囁かれた。からかいにしては度が過ぎている。
叩くなら今だと思って、カガリは手加減なしで平手打ちをくらわせた。ぱん、と気持ちのいい音が鳴ったが、カガリの右手が叩いていたのはアスランの頬ではなくて彼の左の手のひらだった。
「黙って殴られろよな」
「すみません、つい」
「さっきのも、つい、だって言うんじゃないだろうな」
カガリが鋭くにらむと、しばらく考えてアスランは言った。
「似たようなところはあります。だから、怒るだろうなと思って先に謝ったんですよ」
「謝ってすむことじゃない」
カガリはたまらなくなって足を踏み鳴らした。違う。聞きたいのはそういうことではないのだ。
どうして、なんで、キスなんか。
「アスハさんを好きだと思ったんですよ」
平手打ちの小さな手を、アスランはそのまま握り締めた。
「そう思ったら、つい」
またしても、カガリの欲しいタイミングで彼は答えをくれたが。それはある意味で最悪のタイミングだった。恋に幼いカガリには、アスランの真意をくむほどの余裕はなかった。
「はな……せ!」
握られた手を振り払う。アスランの手を引っ掻いてしまったようだったが、かまっていられなかった。
「馬鹿だろ、おまえ。そんな嘘を私が聞くと思ってるのか」
声が震えた。心臓がひどく鳴るのはきっと怒りのせいなのだろう。
「どうして嘘だと思うんですか」
「だって……」
アスランの表情にいたずらめいた笑みはなく真剣に見えたが、カガリはその目を見返せなかった。
「だって、どこで私を好きになったっていうんだよ。まともに話したのは今日だけじゃないか」
声が震えてしまう。どうしてこんなにも怒りが込み上げてくるのか。これも彼のからかいのうちならば、鼻先であしらっておけばいいのに。
「俺がアスハさんを好きなのはおかしいですか?」
「それを信じろってのは無茶苦茶だ。おまえはどこからが本気なのかわからない」
「そこを突かれると痛いな」
彼は弱った様子で息をついたが、カガリと目をあわせると、はっきりと言った。
「でも俺がこれまで伝えた言葉に嘘はないよ」
彼の瞳はまるで純度の高い貴石のようだったが、カガリにはその整い方が皮肉にも嘘っぽく思えた。綺麗な見た目の内側をあばくつもりで、決定的な一言をカガリは放った。
「こういう手口で女子をひっかけてきたのか? アスラン・ザラにくいものにされたって話す女の子が一人二人じゃないのは私だって知ってるんだ」
息が落ち着かなくて両手を強く握る。
「それで、次の狙いは私か?」
急いで弁明するか、上手く言い訳するのだろうと踏んでいた彼は、しかし不可解そうな顔をしていた。カガリは低い声で続けた。
「残念だが、私はおまえが大嫌いだ。アスラン」
フレイにもラクスにも聞かなくても、アスランの噂ぐらいカガリでも知っていた。彼のことは課の女性陣の一番の話の種だったのだから。カガリがアスランに抱いていた最初のイメージは、遊びのように恋愛をしている人だった。仲の良い同僚にアスランと恋愛関係にまで発展した女性はいなかったが、彼にまつわる噂話は尽きなかった。友達がアスランに恋愛がらみで泣かされたのだとか、先輩が体だけの関係を持ったのだと自慢していたとか、そんな話題はいくつも聞いていた。
苦手な部類の人間だと思っていたのはそのためだ。同期の井戸端会議を聞きながら、そんな不誠実な人間には関わりたくないとも思ったのだ。
「でも、噂を信用しちゃだめだなって。おまえのこと、考え直してたのに……」
悔しかった。
実際に話してみたアスランはたしかに女性に慣れている風ではあったし、カガリの反応を楽しむような冗談にいくつもひっかかっては、やはり噂どおりなのかと思ったが。彼の本質はむしろ生真面目だとカガリは思い始めていた。本当はどんな人なのだろうかと、カガリは急速に興味をひかれはじめていた。
その矢先だったのだ。
「私は」
カガリは息を吸った。
「私は、アスランなんか好きにならない。絶対に」
自分の心にも焼きつくよう、ゆっくりと確実に宣言して、くるりとアスランに背を向けた。
走りはしなかったが、冷えきった風も無視して早足で駅を目指した。怒りが酔いを上回っていて頭はやけにはっきりしていた。
(残業を手伝ったのも、食事に誘ったのも、さっきの……)
息がつまる。悔しくてたまらなかった。正直を言うと、いい友達になれるのではないかと、楽しみだったのだ。それなのに、彼が相手にしてきたたくさんの女の子達と変わらぬ対象として見られていたなんて。
怒りで頭が熱い。手も体も熱を持っていたのに、胸の中心だけが、鋭く冷たい、氷の刺が刺さったように痛かった。